浄真寺九品仏創建時のこと

 浄真寺では、2014年から「九品仏大修繕事業」が進められています。当初は、九品阿弥陀如来九体と本尊釈迦如来像の計十体を、一年に一体ずつ修理し、2024年に完成する計画とお聞きしていました。しかし、その後のコロナ禍や三仏堂の耐震対策などにより工期が延長され、現在(2026年6月)では、境内の案内板によると2034年の完了を目指して事業が進められています。
 現在は中品堂、下品堂の修理が完了し、上品堂の中生仏が修理中です。残るのは上品堂の二体の阿弥陀如来像と、本尊の釈迦如来像となっています。

画像の説明:左または下:浄真寺大修繕事業の大勧進 右または上:珂碩上人を祀る開山堂

 修理事業だけを見ても気の遠くなるような大事業ですが、三百年以上前にこれらの仏像と堂宇を完成させた先人たちの執念、財力、そして大きなロマンを感じます。
 浄真寺については、これまで私のブログでも二度取り上げましたが、今回は創建当時の歴史や、そこに関わった人々の姿について改めてみてみたいと思います。

(珂碩上人の発願)
 浄真寺の開山である珂碩上人(1618~1694)は、江戸深川の霊巖寺で修学中、二十六歳のときに九品仏造立を発願したと伝えられています。その際、毎日三文ずつを蓄え、将来の造仏費用に充てたといいます。当時、うどん一杯が十六文という時代ですので、実際の資金調達というよりも、日々の誓願を忘れないための象徴的な行為であったのかもしれません。
 九品仏建立の思想的背景には、『観無量寿経』に説かれる九品往生の教えがあると思われます。もっとも、珂碩上人が若い頃に『梵網経』に感銘を受けて発願したとの伝承もあり、発願の契機と九品仏建立の教義的根拠とは分けて考える必要があるようです。
 その後、珂碩上人の名声は高まり、四十六歳のときに最初の阿弥陀如来像を造立しました。そして四十九歳のとき、九体の阿弥陀如来像を完成させます。このうち三体は珂碩上人自身が、残る六体は弟子の珂憶上人(1635~1708)が担当しました。しかし、この時点では木地のままで、漆箔や金箔はまだ施されていませんでした。

画像の説明:左または下;開創なった中品堂 右または上;上品堂中生仏選座中(修理中)

(村上藩と珂碩上人)
 九体の阿弥陀如来像を完成させた翌年、珂碩上人は越後村上の泰叟寺住職となり、約十一年間を同地で過ごします。『行業記』によれば、これは村上藩主の招聘によるものでした。当時の村上藩主は榊原政倫で、榊原家は代々霊巖寺の檀家として深い関係を持っていました。
 霊巖寺は関東十八檀林の一つであり、江戸の浄土宗教学を支える有力寺院でした。浄土宗の寺格は、総本山知恩院を頂点に、大本山増上寺があり、その下に関東十八檀林などの学問寺院が位置づけられています。霊巖寺はその代表的な檀林の一つであり、珂碩上人もここで学びました。
榊原家と霊巖寺の結びつきを考えると、珂碩上人が村上へ招かれたのも自然な流れであったと思われます。

(奥沢への移転と浄真寺の創建)
 当時の霊巖寺は深川にありましたが、水害や火災の危険が常にありました。そのため珂碩上人は、九体の阿弥陀如来像を末永く安置できる場所を求め、奥沢の地に目を向けたものと思われます。ちょうどその頃、奥沢新田村の開発が完了し、本村から独立して新たな村となりました。新田村には檀那寺が必要であり、九品仏の安置場所を求める珂碩上人側との話は、うまくまとまったのではないでしょうか。延宝六年(1678)、四代将軍徳川家綱から奥沢城跡の地を賜り、この地に浄真寺が創建されました。珂碩上人が奥沢へ移り住んだのは六十二歳のときでした。
 九体の阿弥陀如来像は奥沢に移された後、時期は明確ではありませんが漆箔と金箔が施されました。『九品仏記』には、「弥、布漆ヲ加、金色ヲ以、飾ル」(原文漢文、『文化財総合調査報告』より)と記されており、今日私たちが目にする荘厳な定朝形式の阿弥陀如来像姿へと整えられていったことがわかります。

画像の説明:左または下;増上寺(浄土宗大本山)) 右または上;知恩院(浄土宗総本山)

(珂憶上人の功績)
 その後、珂碩上人は元禄七年(1694)に遷化しました。師の遺志を継いだのが弟子の珂憶上人です。珂憶上人は当時、河内安福寺の住職でしたが、尾張藩二代藩主徳川光友をはじめ多くの有力者の帰依を受けていました。その人脈を活かし、三仏堂建立のための資金調達や材木の確保、大工の手配などに奔走しました。
 珂憶上人自身今風に言うとマネージメント能力に優れており、漆箔・金箔の施工や、上品堂・中品堂・下品堂の三仏堂建立も主導しました。珂碩上人が発願者であり学者・構想者であったとすれば、珂憶上人はその事業を完成へ導いた実現者であったといえるでしょう。
 今日私たちが目にする浄真寺の九品仏と三仏堂は、珂碩上人と珂憶上人、二代の僧の大願と執念によって完成したものと私は考察しています。

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       浄真寺 九品仏


2026年07月01日