浄瑠璃寺
浄瑠璃寺(じょうるりじ)は、京都府木津川市加茂町に位置する真言律宗の古刹です。JR加茂駅よりバスを利用するのが便利です。
この寺院は「九体寺(くたいじ)」とも呼ばれており、本堂に安置された九体の阿弥陀如来像に由来しています。本尊は、来迎印(らいごういん)を結んだ丈六坐像(じょうろくざぞう)で、高さは224㎝です。(*1)この中尊の阿弥陀如来像を中心に、左右に四体ずつ阿弥陀仏が並び、合計で九体の阿弥陀仏が安置されています。これらの仏像は、阿弥陀如来がすべての人々を分け隔てなく西方極楽浄土へ導く姿を表現しています。
画像の説明:浄瑠璃寺三重塔
画像の説明:浄瑠璃寺本堂と境内中央にある苑池
浄瑠璃寺の創建は、平安時代中期の永承2年(1047年)とされています。当初は、境内中央にある苑池(*2)の東側に、薬師如来を本尊とする堂宇が建てられました。続いて嘉承3年(1108年)には、池の西側に阿弥陀如来を祀る九体阿弥陀堂が建立されました。(*3)東に薬師如来を祀り、西に阿弥陀如来を祀る構造は、苑池を現世(娑婆)と見立て、現世から極楽浄土へ至る構図を表しています。
この構造は、自然と仏教思想が見事に融合したものであり、特に春分や秋分の彼岸には、東に位置する三重塔の背後から太陽が昇り、池を越えて西の阿弥陀堂を照らします。この現象は、現世から来世へ、此岸(しがん)から彼岸(ひがん)へと太陽が渡る象徴とされており、50年ほど前に、当寺をお参りした際に、佐伯住職からそのよう法話を戴いた記憶があります。
画像の説明:三重塔ー苑池ー本堂の位置関係(東ー西)
(現地の看板を写真に撮らせて戴きました)
九体阿弥陀堂の様式は、かつて平安京の法性寺や奥州平泉の中尊寺、鎌倉の勝長寿院などにも祀られましたが、現存するのは浄瑠璃寺のみです。その貴重さから、本堂と三重塔、そしてそれぞれに安置される仏像(本堂の九体阿弥陀如来像および三重塔内の薬師如来像)はいずれも国宝に指定されています。なお、本堂右端の阿弥陀如来像一体のみが、2023年秋に東京国立博物館で特別公開されました。
「九体仏」という言葉に似たものとして「九品仏(くほんぶつ)」があります。これは、阿弥陀仏が衆生を救う際の姿勢や印相によって「上品」「中品」「下品」、それぞれを「上生」「中生」「下生」と組み合わせ、九つの段階を示すものです。九品仏もまた、すべての人々を極楽浄土へ導くことを意味しています。東京都世田谷区の九品仏浄真寺ではこの教義が見られます。(*4)
<九品仏浄真寺は、こちらから>

画像の説明:上品上生~下本下生の説明画(當麻寺大曼荼羅再現画より抜粋)
このように、浄瑠璃寺は信仰・建築・自然が一体となった貴重な文化遺産であり、阿弥陀仏の慈悲を今日に伝える重要な場であると言えるでしょう。
(*1)丈六は、本来約4.85メートルの仏像を指しますが、座像の場合はその半分となります。1丈(30.3㎝)*16=485㎝。
昔の人は、坐像が立てば高さがきっと2倍になると考えたらしいです。なお、丈六より大きい仏像を大仏と言います。
(*2)中央の池の名称は、当寺で戴いたパンフレットに準じました。
(*3)創建の歴史については、異論もあります。(不明点が多々あります。)
(*4)九品仏は東急大井町線の駅名になっています。